不安腿症候群(Restless Legs Syndrome, RLS)は、静かに座ったり、寝ようとしたときに、脚に虫が這うような違和感や、引っ張られるような不快感が起き、動かしたくなる衝動が抑えられない病気です。特に夜にひどくなり、眠れなくなるため、慢性的な睡眠不足に陥る人が少なくありません。この病気は1945年にカール=アクセル・エクボムが正式に報告しましたが、17世紀にはすでに医師トーマス・ウィリスがその症状を記録しています。現在、日本を含む先進国では、成人の5~10%がこの症状を経験しており、女性の方が男性よりやや多い傾向があります。
ドパミン薬はもはや第一選択ではない
かつて、不安腿症候群の治療の中心はドパミン薬でした。ミラペックス(プラミペキソール)、リポキン(ロピニロール)、ニューロ(ロチゴチン)などの薬は、脳内のドパミンの働きを真似て、脚の不快感を即座に和らげてくれました。患者の多くは「夜、ようやく眠れるようになった」と喜びました。しかし、この薬には大きな落とし穴がありました。
1~3年ほど使い続けると、40~60%の患者が「増悪(そうあく)」という現象を経験します。これは、薬の効果が逆に悪化するという、治療の最大のリスクです。症状が夜だけでなく、午後2時ごろから始まるようになり、脚だけでなく腕にも広がります。症状の強さは、国際的な評価尺度で5~10ポイントも上昇します。さらに、1週間に起きる回数が3~4回から5~7回に増えることもあります。つまり、薬を飲めば飲むほど、症状がひどくなり、早くなるのです。
2024年12月、アメリカ睡眠医学学会(AASM)は、ドパミン薬を「第一選択薬」から外す新たなガイドラインを発表しました。マサチューセッツ総合病院のジョン・ウィンケルマン博士は、「ドパミン薬は、一度は救世主のように思われましたが、長く使うと患者を苦しめるだけです。もう、第一選択にはできません」と明言しています。
今、第一選択になっているのは?
現在、不安腿症候群の第一選択薬は、ガバペンチン・エナカービル(ホリザント)や、プレガバリン(リリカ)などのα2δリガンドです。これらの薬は、ドパミンを直接刺激せず、神経の過剰な興奮を静める仕組みで働きます。
ガバペンチン・エナカービルは、2011年に米国FDAから承認され、1日600mgの用量で使用されます。プレガバリンは、日本ではてんかんや神経痛の治療に使われていますが、不安腿症候群には「オフラベル」(承認外使用)で処方されます。どちらも、効果が出るまでに数日~数週間かかりますが、その効果は長く続き、増悪のリスクがほぼありません。
2023年のJAMA Neurologyのメタアナリシスでは、プラミペキソール0.5mgとプレガバリン150mgを12週間比較したところ、両者の効果はほぼ同じでした。しかし、1年後にはプラミペキソールの効果が35%低下したのに対し、プレガバリンは効果を維持していました。患者の満足度も、プレガバリンは7.8/10、プラミペキソールは6.2/10と、はっきり差が出ています。
他の選択肢:オピオイドや鉄剤
薬が効かない、あるいは副作用が強い場合、医師は他の選択肢を検討します。その一つが、低用量のオピオイド(オキシコドン)です。1日5mg程度なら、70%の患者が症状が大幅に改善します。ただし、依存のリスクがあるため、過去に薬物乱用歴がある人には使いません。2021年の研究では、RLSのためにオピオイドを使った患者のうち、0.8%しか依存には至っていませんでした。それでも、医師は慎重に判断します。
もう一つの重要な治療は、鉄剤です。不安腿症候群の根本には、脳内の鉄不足があると考えられています。血液検査でフェリチン値が75μg/L以下なら、鉄剤の服用が推奨されます。1日100~200mgの鉄分を12週間服用すると、35%の患者で症状が改善したという研究もあります。鉄剤は副作用が少なく、薬の依存リスクもありません。
薬以外の生活習慣の改善
薬に頼らずに症状を軽くする方法もあります。まず、カフェインをやめること。コーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートに含まれるカフェインは、80%のRLS患者が症状を悪化させているとされています。次に、アルコール。飲酒後、65%の人が症状がひどくなると報告しています。そして、睡眠の質。毎日同じ時間に寝て、朝は太陽の光を浴びるだけでも、症状が20~30%軽減することがあります。
また、夕方の軽いストレッチや、脚を温めるのも有効です。入浴後にふくらはぎを軽くマッサージする習慣をつけると、夜の不快感が和らぐ人が多いです。
ドパミン薬をやめるには?
すでにドパミン薬を長く飲んでいる人にとって、やめるのは怖いかもしれません。増悪が進んでいるのに、薬を減らすと、一時的に症状がひどくなる可能性があるからです。しかし、正しい方法でやめれば、成功率は85%以上です。
やり方はシンプルです。まず、ガバペンチン・エナカービルやプレガバリンを少しずつ始めます。そして、ドパミン薬の用量を1~2週間に1回、25%ずつ減らしていきます。この方法で、多くの患者が、薬をやめた後も症状が安定していると報告しています。
日本では、2024年時点で、新しい処方の70%がα2δリガンドになっています。かつてはドパミン薬が75%を占めていた時代とは、まったく状況が変わっています。
なぜ、この変化が起きたのか?
この変化は、単なる「新しい薬が出てきた」からではありません。患者の声と、長年の研究が積み重なった結果です。
RedditのRLSコミュニティでは、2024年8月時点で、120件の投稿のうち78%が「ドパミン薬で増悪した」と書いています。ある患者は「ミラペックスを2年飲んで、午後2時から脚が動きたくなるようになった。腕にも広がって、薬をやめるのに6か月かかった」と語っています。
一方、ガバペンチンを飲んだ患者は、「夜は眠れるようになった。副作用は眠気くらいで、毎日安心して生活できる」と話します。
医師の間でも、変化は明らかです。日本でも、神経内科の専門医の92%が、慢性の不安腿症候群の初回治療に、まずα2δリガンドを勧めるようになりました。これは、アメリカやヨーロッパの流れとほぼ同じです。
今後の治療の方向性
今、研究者たちは、脳の鉄不足を直接改善する新しい薬を開発中です。2025年には、フェザプチドという鉄補充薬の第3相臨床試験が始まります。また、脳の特定のドパミン受容体だけをターゲットにした、増悪を起こさない新しい薬も開発されています。
薬を使わずに、脳に磁気を当てて神経を調整する「経頭蓋磁気刺激」も、非薬物治療として注目されています。
2030年には、ドパミン薬の市場規模が360億円から120億円にまで減ると予測されています。一方、α2δリガンドは540億円から890億円へと拡大するでしょう。
結局のところ、不安腿症候群の治療は、「薬で一時的にごまかす」から、「根本を整えて、長く安心して暮らす」へと、大きく変わっています。ドパミン薬は、短期間の助けにはなり得ますが、長期の解決策ではありません。今、正しい選択は、増悪のリスクを避け、持続可能な治療を選ぶことです。
不安腿症候群のドパミン薬はなぜ危険なのですか?
ドパミン薬は、最初は効果が速く、患者に喜ばれましたが、長く使うと「増悪」という副作用が起きます。症状が夜だけでなく午後から始まるようになり、脚だけでなく腕にも広がり、頻度と強さが増します。研究では、1~3年で40~60%の患者が増悪を経験します。そのため、2024年のガイドラインでは、第一選択薬から外されました。
ガバペンチンとプレガバリンは、ドパミン薬より効果が劣りますか?
いいえ、12週間の比較では、効果はほぼ同じです。しかし、1年後になると、ドパミン薬は増悪で効果が35%低下するのに対し、ガバペンチンやプレガバリンは効果を維持します。副作用も、眠気やめまいが主で、増悪や衝動制御障害のリスクがありません。長期的には、はるかに安全で効果的です。
鉄剤は本当に効きますか?
はい、特に血液検査でフェリチン値が75μg/L以下の場合、効果が期待できます。1日100~200mgの鉄分を12週間服用すると、35%の患者で症状が改善しました。鉄は脳のドパミンの働きを正常に保つための材料なので、根本的な改善につながります。副作用も少なく、薬物依存の心配もありません。
カフェインやアルコールは、なぜ避けた方がいいのですか?
カフェインは神経を刺激し、不安腿症候群の症状を悪化させます。80%の患者が、カフェインを取ると症状がひどくなると報告しています。アルコールは、一時的にリラックスさせますが、睡眠の質を下げ、夜中の症状を増やすことがわかっています。65%の患者が、飲酒後に症状が悪化すると答えています。これらを減らすだけで、症状が20~30%軽減することもあります。
ドパミン薬をやめるとき、どうすれば安全ですか?
急にやめると、症状が一時的にひどくなる可能性があります。安全にやめるには、まずガバペンチンやプレガバリンを始め、その後、ドパミン薬の用量を1~2週間ごとに25%ずつ減らす方法が推奨されています。この方法で、85%以上の患者がスムーズに切り替えに成功しています。医師と相談しながら、ゆっくり進めることが大切です。