乳児の薬の安全な与え方:滴下、濃度、用量の正しい知識

乳児の薬の安全な与え方:滴下、濃度、用量の正しい知識

乳児に薬を飲ませるとき、たった1ミリリットルの違いが命に関わることがあります。日本の家庭でも、赤ちゃんに薬をあげるとき、間違った量を飲ませてしまうケースは後を絶ちません。特に、薬の濃度や測定方法を誤ると、重い副作用や救急搬送につながるリスクがあります。2022年のデータでは、5歳未満の子どもが薬の誤投与で救急搬送される件数は年間5万件以上。そのうち、1歳未満の乳児が23%を占めています。これは、たった数滴の誤りが、呼吸困難や肝不全、最悪の場合、死亡につながる可能性があることを意味します。

薬の濃度は、見た目ではわかりません

アセトアミノフェン(タイレノールなど)は、乳児用と子ども用で濃度が違うことを知っていますか?乳児用は160mg/5mL、子ども用は160mg/10mLです。同じ160mgと書いてあっても、子ども用を乳児に与えてしまうと、実は2倍の量を投与してしまうことになります。2011年、米国食品医薬品局(FDA)はこの混乱を防ぐために、乳児用アセトアミノフェンの濃度を一律160mg/5mLに統一しました。それ以前は、80mg/1mLという高濃度の滴下液も売られており、これが原因で多くの過剰摂取事故が起きていました。今でも、薬のボトルを見た瞬間に「これ、乳児用?」と迷う親がいます。ラベルの数字は小さく、色も似ている。間違えるのは、親のせいではありません。設計がわかりにくいのです。

計量器具は、スプーンじゃダメです

「大さじ1杯」や「小さじ半分」で薬をあげる親が、まだいます。キッチンのスプーンは、正確な量を測れません。実際、2021年の調査では、43.6%の親がキッチンスプーンを使い、そのうち57.2%が処方量より20%以上多く、または少なく与えていました。1ミリリットルの違いが、乳児には大きな差になります。正しく測るには、口腔用シリンジ(注射器型の計量器)が唯一の選択肢です。0.1mL単位で目盛りがついているものが理想です。2019年の研究では、0.1mL刻みのシリンジを使うと、誤差が67%減りました。滴下用のドロッパーは、1滴が0.05mLとされていることが多いですが、液体の粘度や角度、重力の影響で、実際の滴下量はまちまちです。73.6%の親がドロッパーで誤った量を投与していたというデータもあります。シリンジは、薬を吸い上げて、赤ちゃんの口の奥にゆっくりと注入するだけ。口の中に薬が残らないように、少しずつ、ゆっくりと。これが安全の基本です。

用量は、体重で計算する

「生後3ヶ月だから、これでいいよね」という感覚は危険です。乳児の薬の用量は、年齢ではなく、体重(kg)で決まります。アセトアミノフェンの場合、推奨用量は1kgあたり10~15mgを、4~6時間おきに1回。1日5回までが上限です。たとえば、6kgの赤ちゃんなら、1回あたり60~90mgが目安。濃度が160mg/5mLなら、60mgは1.875mL、90mgは2.8125mLです。シリンジで正確に測るには、2.8mLまで目盛りが読める必要があります。計算が面倒なら、アプリや病院の薬剤師に聞けばいい。2022年、米国毒物管理センターは「Help Me Choose」という無料ツールを提供し、14,327件の乳児薬用量問い合わせに対応。その99.2%が救急搬送を防ぐことができました。親が「計算がわからない」と悩む必要はないのです。

スプーンが怪物のように赤ちゃんを飲み込もうとしている一方、シリンジが安全を守る剣のように立つ。

高齢者や祖父母の誤投与は、特に注意

赤ちゃんの薬をあげるのは、母親だけではありません。祖父母が面倒を見ている家庭では、誤投与のリスクが3.2倍も高くなります。理由は単純です。視力の低下でラベルが読みづらい、昔の薬の濃度を覚えている、薬の新しい安全基準を知らない。2023年の研究では、65歳以上の祖父母が、子ども用の薬を乳児に与えてしまうケースが多発していました。昔は、アセトアミノフェンの濃度が80mg/1mLだった時代がありました。その感覚で「1mLでいいはず」と思ってしまう。これは、今も起きている現実です。祖父母が薬をあげるときは、必ず「今の薬の濃度は?」「シリンジで測った量は?」と確認してください。口頭で説明するだけでなく、薬のラベルの写真をスマホに撮って、一緒に見るようにしましょう。

複合薬は、絶対に使わない

風邪薬、咳止め、鼻水止めが1つの薬に混ざっている「複合薬」は、乳児には絶対に与えてはいけません。2008年、FDAは2歳未満の子どもへの市販の風邪薬使用を強く推奨しませんと発表しました。その理由は、複数の成分が重なって、心拍数の急上昇、けいれん、呼吸停止を引き起こす可能性があるからです。2004~2005年のデータでは、2歳未満の子どもが複合薬で救急搬送された件数は7,091件。2021年には、6歳未満への使用は一切推奨されないと再確認されています。熱があるから、咳がひどいから、と「何か効きそうな薬」をあげるのは、危険極まりません。解熱剤だけ、または咳止めだけ、必要な成分だけを、正確に、単独で与える。それが安全の鉄則です。

高齢者がスマホで薬のQRコードをスキャンし、体重に基づいた正しい用量がホログラムで表示される。

5ステップで誤投与を防ぐ

正しい薬の与え方は、複雑ではありません。5つのステップを守れば、9割以上の誤りを防げます。

  1. 体重を確認:赤ちゃんの体重をkgで正確に測る(病院で測った数字をメモしておこう)
  2. 用量を計算:1kgあたり10~15mg(アセトアミノフェンの場合)で、1回の量を出す
  3. 濃度を確認:薬のラベルに「160mg/5mL」などと書いてあるか、必ず目で確認する
  4. シリンジで測る:必ず口腔用シリンジを使う。スプーンやドロッパーは使わない
  5. もう1人に確認:パートナー、親、友人、誰かに「この量、合ってる?」と声をかけて確認する

この5ステップを徹底した家庭では、薬の誤投与が82%減ったという研究結果もあります。たった5つの行動で、命を守れるのです。

新しい技術が、安全を支えている

2023年1月、FDAは世界で初めて、スマートな口腔用シリンジ「MediSafe SmartSyringe」を承認しました。このシリンジは、スマホとBluetoothでつながり、薬の名前と体重を入力すると、正しい量を自動で表示します。間違った薬を吸い上げると、アラームが鳴ります。臨床試験では、98.7%の正確な投与が実現されました。日本でも、今後このような技術が広がるでしょう。薬のラベルにも、QRコードをつけて、スマホでスキャンすれば濃度や用量がわかるようにする動きが進んでいます。未来の薬は、親の「記憶」や「感覚」に頼らない、正確で安全なシステムになっていくのです。

薬は、命を救う道具。でも、間違えたら命を奪う武器になる

乳児の薬の安全は、医療従事者の責任だけではありません。親や祖父母、すべてのケアラーが、正しい知識と習慣を持つことが、何よりの予防です。薬の濃度を間違える、スプーンで測る、複合薬を飲ませる--これらは、誰にでも起こりうるミスです。でも、それらを防ぐ方法は、すでにわかっています。シリンジを使う。体重で計算する。濃度を確認する。もう一度、確認する。この4つの習慣を、毎回の薬の与え方で繰り返す。それが、あなたの赤ちゃんを守る、たった一つの方法です。

乳児用アセトアミノフェンの濃度は、何mg/mLですか?

現在、乳児用アセトアミノフェンの標準濃度は160mg/5mL(つまり32mg/mL)です。2011年以降、米国FDAはこの濃度を全国的に統一しました。それ以前に使われていた高濃度の80mg/1mL製品は、すでに販売中止になっています。ラベルに必ず「160mg/5mL」とあるか確認してください。

薬を測るのに、キッチンのスプーンは使えますか?

絶対に使わないでください。キッチンのスプーンは、正確な量を測れません。大さじ1杯は5mLとされていますが、実際には4.5mLから6mLまで幅があります。2021年の調査では、スプーンを使った親の57.2%が、処方量より20%以上誤って与えていました。乳児には口腔用シリンジだけを使いましょう。

赤ちゃんの薬の用量は、年齢で決まりますか?

いいえ、体重で決まります。たとえば、生後2ヶ月の赤ちゃんが2kgなら、アセトアミノフェンの1回の用量は20~30mgです。生後6ヶ月で6kgなら、60~90mgになります。年齢で決めると、体重の軽い赤ちゃんに過剰投与、重い赤ちゃんに不足投与のリスクが高まります。必ず体重を確認して、計算してください。

風邪薬や咳止めを、乳児に与えていいですか?

与えないでください。複合成分の市販風邪薬や咳止めは、2歳未満の乳児に使用してはいけません。FDAは2008年から、6歳未満への使用を推奨していません。成分が重なることで、けいれんや心拍数の異常、呼吸停止のリスクがあります。熱や咳があるときは、アセトアミノフェンやイブプロフェンだけを、正しい量で与えてください。

祖父母が薬をあげるときは、何に注意すればいいですか?

祖父母は、昔の薬の濃度や量の感覚を覚えていることがあります。たとえば、「昔は1滴で効いた」という記憶で、今の薬を過剰に与えるケースがあります。必ず、薬のラベルの濃度と、口腔用シリンジで測った量を一緒に確認してください。スマホでラベルの写真を撮って、一緒に見るようにすると、安心です。祖父母の誤投与リスクは、親の3.2倍です。丁寧な説明が、命を救います。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。