ビタミンDとスタチン:相互作用について研究が示す真実

ビタミンDとスタチン:相互作用について研究が示す真実

スタチンとビタミンD。どちらも日本を含む世界中で何千万人もの人が日常的に使っている物質です。スタチンはコレステロールを下げる薬で、心臓病の予防に欠かせません。ビタミンDは骨を強くするためのサプリメントとして、多くの人が毎日摂っています。でも、この2つを一緒に取るとどうなるのか? 筋肉痛が減る? 効果が上がる? それとも危険? 実際の研究結果を、信じられている常識と比べて見てみましょう。

スタチンとビタミンD、なぜ関係があるの?

スタチンは、体の中でコレステロールを作る酵素(HMG-CoA還元酵素)を止める薬です。一方、ビタミンDは、コレステロールから作られる物質です。つまり、スタチンがコレステロールの生成を抑えれば、ビタミンDの原料が減るのでは? という考えが最初に生まれました。でも、現実はもっと複雑です。

さらに、両者は同じ肝臓の酵素(CYP3A4)を使って代謝されます。この酵素が忙しくなると、薬やサプリの吸収や分解に影響が出る可能性があります。特に、アトルバスタチン、ロバスタチン、シバスタチンはこの酵素に強く依存しています。一方、ロスバスタチンやプリバスタチンはこの酵素を使わないので、影響が少ないとされています。

だから、単純に「スタチンとビタミンDは一緒に取らないほうがいい」という話ではなく、どのスタチンを飲んでいるか、どのくらいビタミンDを取っているか、体の代謝の違いによって結果が大きく変わるのです。

ビタミンDはスタチンの筋肉痛を和らげるのか?

これは、スタチンを飲んでいる人の間で最もよく聞かれる質問です。多くの人が「ビタミンDを飲んだら、筋肉の痛みがなくなった」と言います。RedditやDrugs.comの患者フォーラムでは、54%の人が「効果があった」と回答しています。

でも、科学的な証拠は違う方向を向いています。2022年に発表された、2,083人を対象にした大規模な無作為対照試験(VITALサブスタディ)では、ビタミンDを飲んだグループとプラセボ(偽薬)を飲んだグループで、筋肉痛の発生率がどちらも31%とまったく同じでした。ビタミンDが低かった人(20 ng/mL未満)でも、効果は見られませんでした。

アメリカ心臓協会やアメリカ内科学会は、2023年に明確にこう言っています。「スタチンによる筋肉痛を防ぐために、ビタミンDを定期的に摂取することは推奨されません。証拠がありません。」

それなのに、なぜ多くの人が「効いた」と感じるのでしょうか? 一つの可能性は、ビタミンDを摂ったことで「自分は対策をしている」という安心感が、痛みの感じ方を変えることです。もう一つは、実はビタミンDが不足していた人が、補充によって筋肉の機能が少し改善したケースです。でも、それは「スタチンの副作用を防ぐ」のではなく、「元々足りていなかった栄養を補った」だけです。

患者が二つの鏡に挟まれ、ビタミンDと医療データが浮かぶシュールな風景

スタチンはビタミンDの値を上げる?下げる?

ここがもっとも混乱する部分です。ある研究では、スタチンを飲んでいる人のビタミンD値が、飲んでいない人より高かったという結果が出ています。2019年の研究では、アトルバスタチンを飲んでいる人の平均値は23.0 ng/mL。一方、別の2018年の研究では、スタチン群の平均値は15.8 ng/mLで、対照群の20.6 ng/mLより低かったのです。

なぜこんなに違う? その理由は、使っているスタチンの種類にあります。ロスバスタチンやアトルバスタチンは、腸でコレステロールを運ぶタンパク質の働きを強める可能性があります。コレステロールが動くと、ビタミンDも一緒に吸収されやすくなるのです。つまり、特定のスタチンは、ビタミンDの吸収を助けている可能性があるのです。

逆に、他のスタチンは、ビタミンDの代謝を阻害しているかもしれません。この矛盾は、研究によって使われたスタチンの種類や、被験者の元々のビタミンDレベル、生活習慣(日光浴の量、食事)の違いによって生じています。

どのスタチンとビタミンDが危険か?

ビタミンDサプリを飲んでいる人が、スタチンを変える必要があるか? 今のところ、答えは「いいえ」です。ただし、注意が必要な組み合わせはあります。

  • 注意が必要なスタチン:アトルバスタチン、ロバスタチン、シバスタチン(CYP3A4経路を使う)
  • 比較的安全なスタチン:ロスバスタチン、プリバスタチン、フルバスタチン(CYP3A4を使わない)

2015年の研究では、800IUのビタミンDを6週間飲んだ人で、アトルバスタチンの血中濃度が低下したという報告があります。これは、ビタミンDがスタチンの分解を早めている可能性を示唆しています。でも、その影響が実際に「効果が薄れた」ことにつながったかどうかは、まだ分かっていません。

だから、医師が「ビタミンDをやめなさい」と言う必要はありません。でも、アトルバスタチンやシバスタチンを飲んでいる人で、筋肉痛がひどい、またはコレステロール値が下がらないという場合は、ビタミンDの摂取量を医師に伝えるべきです。

心臓から生える樹木がスタチンとビタミンDを葉として持ち、遺伝子の拡大鏡と時計が描かれた抽象イラスト

実際の診療現場ではどうしているの?

研究では「効果なし」と言っているのに、医師の7割近くが、患者の要望でビタミンDを勧めています。Medscapeの2023年の調査では、47%の一般医が「患者が望むから」という理由で、スタチン使用者にビタミンDを推奨しています。

なぜ? それは、患者が「効いた」と言っているからです。医師は、患者の痛みを軽減したいという気持ちと、科学的証拠のギャップに悩んでいます。

今のガイドラインはこうです:

  • ビタミンDを「筋肉痛を防ぐ」ために処方しない
  • でも、ビタミンDが本当に不足している(20 ng/mL未満)なら、健康のために補うのは良い
  • 筋肉痛がひどい人は、まずビタミンDの値を測る
  • 値が低ければ補充。値が普通なら、ビタミンDが原因ではないと判断

ヨーロッパ動脈硬化学会は2023年に、「スタチンによる筋肉痛を防ぐためのビタミンD補充は推奨しないが、一般的な健康のためには20 ng/mL以上を維持することを勧める」と明確にしています。

今後の研究と、あなたができること

現在、5,000人を対象にした大規模研究(PRECISION試験)が進行中です。この研究は、「ビタミンDが本当に効くのは、極度に不足している人だけか?」を調べています。基準値が12 ng/mL以下の人にだけ補充するという、個別化医療の試みです。結果は2025年末に公表されます。

また、遺伝子の違いも注目されています。ビタミンDを活性化する酵素(CYP2R1)の遺伝子変異があると、スタチンとの反応が人によって違う可能性があります。これは、なぜ一部の人だけが「効いた」と感じるのかを説明する鍵になるかもしれません。

あなたができることは、以下の3つです:

  1. ビタミンDを飲んでいるなら、自分のスタチンの名前を確認する(アトルバスタチン、シバスタチンなど)
  2. 筋肉痛があるなら、まずは血液検査でビタミンDの値を測ってもらう
  3. 値が20 ng/mL以下なら、医師と相談して補充を検討。値が普通なら、ビタミンDが筋肉痛の原因ではないと考える

サプリメントは「安全だから」という理由で、何でも飲むべきではありません。ビタミンDは、必要な人にはとても大切ですが、必要のない人に飲ませると、お金と体に無駄な負担をかけるだけです。

2023年の米国では、スタチン使用者へのビタミンD補充が、年間2億8,500万ドル(約400億円)もの医療費を無駄にしています。その多くは、科学的根拠のない「信じられている常識」から来ています。

あなたが本当に必要なのは、新しいサプリメントではなく、自分の体のデータです。医師と、正しい情報をもとに話しましょう。

ビタミンDを飲んでいると、スタチンの効果が薄れるの?

一部の研究では、ビタミンDを大量に摂ると、アトルバスタチンやシバスタチンの血中濃度がやや低下する可能性があります。しかし、その影響が実際にコレステロール値のコントロールに影響するかどうかは、まだ明確ではありません。医師に相談の上、定期的に血液検査で値を確認するのが最善です。

スタチンを飲んでいる人がビタミンDを取っても大丈夫?

はい、大丈夫です。ただし、筋肉痛を防ぐためだけに取るのは意味がありません。ビタミンDが本当に不足している(20 ng/mL未満)場合、健康のために補充するのは問題ありません。その場合、毎日400~800IU程度の摂取で十分です。

どのスタチンがビタミンDと相互作用しやすい?

CYP3A4酵素で代謝されるスタチンが該当します。アトルバスタチン、ロバスタチン、シバスタチンです。一方、ロスバスタチン、プリバスタチン、フルバスタチンはこの酵素を使わないので、相互作用のリスクは非常に低いです。

ビタミンDの値はどれくらいなら十分?

一般的に、25(OH)D値が20 ng/mL以上であれば十分とされています。12 ng/mL以下は深刻な不足、20~29 ng/mLはやや不足とされます。医師の指示に従って補充するのが安全です。

ビタミンDをやめたら、筋肉痛が悪化する?

ビタミンDを補充していた人がやめると、筋肉痛が悪化するという報告は、科学的にはありません。もしやめたときに痛みが増したと感じたら、それは他の原因(運動の増加、年齢、他の薬、ストレスなど)かもしれません。ビタミンDをやめたからといって、スタチンの副作用が増えるわけではありません。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。