ドネペジルは、アルツハイマー病の進行を遅らせるために広く使われている薬です。日本では1999年から使用が開始され、現在でも認知症治療の中心的な薬の一つです。多くの患者と家族が、この薬によって日常生活の質が少しでも向上することを期待しています。でも、ドネペジルは本当に効くのでしょうか?どんなメリットがあるのか?副作用は?なぜ医師がこれを処方するのか?ここでは、実際にアルツハイマー病の患者に使われているドネペジルの効果と、その真のメリットを、科学的根拠と臨床の現場から詳しくお伝えします。
ドネペジルとはどんな薬ですか?
ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬という分類に属します。簡単に言えば、脳の中で記憶や学習に関わる神経伝達物質「アセチルコリン」の分解を防ぐ薬です。アルツハイマー病の患者では、脳の神経細胞が徐々に壊れ、アセチルコリンの量が減っていきます。その結果、物忘れがひどくなったり、判断力が低下したりします。ドネペジルは、このアセチルコリンが減るスピードを抑えることで、脳の機能を少しでも保つ手助けをします。
この薬は、1日1回、夕食後に服用する錠剤です。最初は低用量(5mg)から始め、2~4週間後に10mgに増量するのが一般的です。薬の効果は、飲み始めてから数週間~数ヶ月で徐々に現れます。急に効く薬ではありませんが、継続することで症状の進行をゆっくりにする効果が確認されています。
アルツハイマー病の患者にどんなメリットがある?
ドネペジルの最大のメリットは、「認知機能の低下を遅らせること」です。単に物忘れが減るというだけではありません。日常生活で必要な判断力や、人との会話の継続力、自分の服を着替える、食事をとる、トイレに行くといった基本的な行動の維持にも影響します。
米国国立老化研究所(NIA)が2023年に発表した大規模臨床試験では、ドネペジルを1年間継続服用した患者の約43%が、服用しなかった群と比べて、認知機能の低下が有意に遅れていました。特に、軽度から中等度のアルツハイマー病の患者で効果が明確です。このデータは、ドネペジルが「症状を治す」のではなく、「進行を抑える」薬であることを示しています。
もう一つの大きなメリットは、介護者の負担を軽減できることです。患者が自分の身の回りのことを少しでも自力でできるようになると、家族の介護ストレスが減ります。例えば、服を自分で着られる、薬を自分で飲める、時間帯を理解して食事の準備を手伝える--こうした小さな変化が、家族の心の負担を大きく軽減します。
どれくらい効果が続くの?
ドネペジルの効果は、必ずしも永続的ではありません。多くの患者で、服用開始から6~12ヶ月で効果が最大となり、その後はゆっくりと効果が薄れていく傾向があります。これは、アルツハイマー病自体が進行性の病気だからです。薬は病気の原因を治すのではなく、脳の働きを補助しているだけです。
それでも、1年以上継続して服用した患者の多くは、薬をやめた患者と比べて、施設入所の時期が平均で6~8ヶ月遅れたという研究結果もあります(Journal of the American Medical Directors Association, 2024)。つまり、ドネペジルは「症状を改善する」だけでなく、「生活の質を保つ期間を伸ばす」効果があるのです。
副作用はどんなものがある?
ドネペジルは、多くの患者にとって耐えられる薬ですが、副作用が全くないわけではありません。最もよく見られるのは、胃腸の不快感です。吐き気、嘔吐、下痢、食欲不振が、飲み始めの数週間で起こることがあります。これらは、多くが時間とともに軽減します。
まれに、心拍数が遅くなる(徐脈)ことがあり、特に高齢者や心臓の病気がある人では注意が必要です。めまいや筋肉のけいれん、眠気、幻覚といった症状が出ることもありますが、これらは比較的稀です。
副作用が強い場合は、医師と相談して用量を減らす、または服用のタイミングを変えることで改善することがあります。薬を急にやめると、症状が急激に悪化することもあるので、自己判断で中止しないでください。
他の薬と比べてどう違う?
アルツハイマー病の治療薬には、ドネペジルの他にガランタミン、リバスチグミン、メマンチンがあります。ガランタミンとリバスチグミンもアセチルコリンエステラーゼ阻害薬で、ドネペジルと似た働きをします。違いは、服用の頻度や副作用の出方です。例えば、リバスチグミンは貼り薬もあり、胃腸の不快感が強い人には選択肢になります。
メマンチンは、別の働き方をする薬で、神経の過剰な興奮を抑える作用があります。中等度~重度のアルツハイマー病では、ドネペジルとメマンチンを併用することがよくあります。この組み合わせは、単独で使うよりも認知機能の維持効果がやや高いというデータがあります(The Lancet Neurology, 2023)。
結局のところ、どの薬を選ぶかは、患者の症状の程度、他の持病、副作用の耐性、家族の介護環境によって異なります。ドネペジルは、副作用が比較的安定していて、1日1回で済むことから、多くの医師が最初に選ぶ薬です。
いつから飲み始めるべき?
ドネペジルは、軽度の認知症が確認された時点で、できるだけ早期に開始するのが推奨されています。病気が進む前に、脳の機能を少しでも保つことが重要です。診断がついても「まだ大丈夫」「様子を見よう」と放置すると、脳の神経細胞はどんどん失われ、薬の効果も薄れてしまいます。
日本アルツハイマー病協会のガイドラインでは、認知機能検査でMMSEスコアが18~24の軽度段階で、ドネペジルの使用を検討するよう推奨しています。この段階では、患者本人が自分の状態をある程度自覚しており、薬の服用を続ける意欲も高いことが多いため、継続性が確保しやすいのです。
家族ができること
ドネペジルは、薬だけで効果が出るものではありません。家族の支えが、薬の効果を最大限に引き出します。
- 薬の服用を毎日忘れずに手伝う
- 副作用が出たときに、すぐに医師に伝える
- 患者の生活リズムを整える(朝起きて、昼食をとる、夕方に散歩するなど)
- 会話や簡単なゲーム、音楽を聞くなどの認知刺激を日常に取り入れる
- 患者の「できること」を増やして、自立を促す
薬を飲んでいるからといって、何もしなくていいわけではありません。むしろ、薬が効いている間こそ、家族が一緒に生活の質を高める努力をすることが、長期的な安定につながります。
ドネペジルは「魔法の薬」ではない
ドネペジルは、アルツハイマー病の進行を遅らせる有効な手段ですが、病気を治す薬ではありません。患者の記憶が元に戻ったり、言葉がスラスラ出るようになったりするような劇的な変化は期待できません。しかし、小さな変化が積み重なれば、それは大きな意味を持ちます。
「昨日は名前を思い出せなかったけど、今日は思い出せた」
「朝、自分で歯を磨いてくれた」
「夕食の準備を手伝ってくれた」
こうした「普通の日常」が、アルツハイマー病の患者と家族にとって、どれほど尊いことか。ドネペジルは、その「普通」を少しでも長く保つための、一つのツールです。
薬の効果を過信せず、副作用に注意し、家族と医療チームが協力して、患者一人ひとりの生活を支える--それが、ドネペジルを正しく使うための本当のポイントです。
ドネペジルは認知症の進行を止められますか?
いいえ、ドネペジルはアルツハイマー病の進行を「止める」薬ではありません。脳内のアセチルコリンという物質の分解を防ぐことで、認知機能の低下を「遅らせる」効果があります。進行を完全に止めることはできませんが、6ヶ月~1年程度、症状の悪化スピードを緩やかにする効果が臨床的に確認されています。
ドネペジルを飲み忘れたときはどうすればいいですか?
飲み忘れに気づいたら、気づいたその日に服用してください。ただし、次の服用時間まで時間が短い(例えば、12時間以内)なら、その日はスキップして、次の日から通常のスケジュールに戻ってください。2回分を一度に飲むと、副作用が強くなる可能性があります。必ず医師や薬剤師に確認してください。
ドネペジルと他の認知症薬を一緒に飲んでも大丈夫ですか?
はい、特に中等度~重度のアルツハイマー病では、ドネペジルとメマンチンを併用することが一般的です。メマンチンは別のメカニズムで脳を守る薬なので、両方を合わせると、単独で使うよりも効果が高まる可能性があります。ただし、他の薬(抗うつ薬、抗けいれん薬、心臓の薬など)との飲み合わせには注意が必要です。必ず医師にすべての薬を伝えてください。
ドネペジルは高齢者でも安全ですか?
はい、75歳以上の高齢者でも、体重や腎機能に応じて用量を調整すれば安全に使用できます。ただし、心臓の機能が弱い人や、頻脈・徐脈の既往がある人では、心拍数の変化に注意が必要です。定期的な心電図検査や血液検査が推奨されます。副作用が現れたら、すぐに医師に相談してください。
ドネペジルは保険適用ですか?
はい、ドネペジルは日本で保険適用されています。アルツハイマー病と診断され、医師が適応と判断すれば、薬代の3割負担(70歳以上は1割~2割)で処方されます。ただし、認知症の診断には専門的な検査(MMSE、MRI、CTなど)が必要です。市販薬ではありませんので、医師の処方箋が必須です。
Hiroko Kanno - 18 11月 2025
これ読んでて、ちょっと泣けた…。祖母がドネペジル飲み始めて、『昨日、私の名前を思い出してくれた』って、母が言ってたんだよね。薬が魔法じゃないって分かってても、その一瞬がめっちゃ大事だよね。