慢性気管支炎と肺気腫の違い:COPDの構成要素を理解する

慢性気管支炎と肺気腫の違い:COPDの構成要素を理解する

慢性気管支炎と肺気腫は、同じ病気の違う側面

慢性気管支炎と肺気腫は、どちらもCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の主要な構成要素です。しかし、これらは同じ病気ではなく、体の中で起こっている変化が根本的に異なります。多くの人が「COPD=たばこを吸って咳が出る病気」と思っていますが、実際には、肺のどの部分が損傷を受けているかで、症状、進行の仕方、治療法が大きく変わります。

世界保健機関(WHO)の2023年報告によると、COPDは世界で約3億8千万人が罹患している疾患で、年間323万人がこの病気で亡くなっています。日本でも、40歳以上の約8%がCOPDと診断されていると推計されています。しかし、その多くが「どちらか一方」ではなく、両方の特徴を併せ持っているのが現実です。それでも、治療を最適化するには、どちらの成分が主導しているかを理解することが不可欠です。

慢性気管支炎:気道が粘液で詰まる病気

慢性気管支炎は、気管支の内側が慢性的に炎症を起こし、粘液を過剰に作り出す病気です。医療現場では、「1年間に3カ月以上、連続して2年以上、痰を伴う咳が続く」場合に診断されます。この痰は、1日に100〜200ミリリットルにも達することがあります。正常な人は10〜100ミリリットルしか作らないので、その量は2〜3倍にもなります。

気管支の内側には、粘液を分泌する「杯細胞」という細胞があります。慢性気管支炎では、この細胞の数が300〜500%も増加し、気管支の壁そのものが厚くなります。結果として、気道が狭くなり、空気の通りが悪くなります。特に朝や冬場に症状が悪化しやすいのは、冷たい空気やウイルスが気道をさらに刺激するためです。

患者の多くが「朝起きたら、100ミリリットルの痰を吐き出す」と話します。これは、実際の計測で確認された事例です。痰が詰まると、息苦しさだけでなく、感染のリスクも高まります。そのため、多くの患者が毎日20〜30分、胸の叩打や呼吸リハビリで痰を排出する必要があります。

肺気腫:肺の袋が破れて、空気が逃げる病気

肺気腫は、肺の奥にある小さな空気袋(肺胞)の壁が破壊される病気です。この肺胞は、酸素と二酸化炭素を交換するための重要な場所です。壁が破れると、小さな袋が大きな袋に合体し、表面積が減ってしまいます。その結果、酸素を取り込む能力が40〜60%も低下します。

肺には、呼吸の際に伸び縮みする「弾性繊維」があります。肺気腫では、この繊維が破壊され、肺が元に戻ろうとする力(弾性回縮力)が30〜50%失われます。そのため、息を吐ききるのがとても難しくなります。患者は「空気が足りない」「肺が空っぽになる」と表現します。これは「空気不足感」と呼ばれ、言葉を5〜6語しか連続して話せなくなるほどです。

肺気腫の患者は、体が細く、胸が桶のように丸く膨らんだ「ピンクのパファー」と呼ばれる体型になりやすいです。これは、体が酸素を補うために、無理に深く速く呼吸しているためです。血中の酸素濃度は比較的保たれている(92〜95%)ため、肌の色はピンクを保ちます。しかし、肺の機能はどんどん悪化し、階段を上るだけで息切れがひどくなります。

朝の痰を計測する患者と、浮かぶCT画像で気管支と肺胞の異常が視覚化された幻想的シーン。

診断の違い:検査で見分けるポイント

どちらの病気かを正確に見分けるには、単なる症状だけでは不十分です。肺機能検査と画像検査が鍵になります。

  • 肺気腫:一酸化炭素拡散能(DLCO)が70%以下に低下するのが特徴です。これは、肺胞が壊れて酸素が血液に移行しにくくなっていることを意味します。CT検査では、肺の15%以上が暗く透けた領域(低吸収領域)として映ります。
  • 慢性気管支炎:DLCOはほぼ正常ですが、1秒間強制呼気量(FEV1)と肺活量(FVC)の比率が70%以下になります。これは気道が狭いことを示します。CTでは、気管支の壁が厚く、呼気時に空気が閉じ込められやすい状態が見えます。

6分間歩行テストでも違いが現れます。肺気腫の患者は、2分以内に血中の酸素濃度が88%以下に下がることがよくあります。一方、慢性気管支炎の患者は酸素濃度は保たれますが、息苦しさで300〜400メートルで歩行を中断します。

治療の違い:同じ薬では効かない

両者を同じように扱うと、治療効果が半減します。2022年の新英格兰医学雑誌の研究では、病型に合わせた治療を受けた患者は、一般治療を受けた患者より27%も入院率が低くなりました。

  • 慢性気管支炎:痰を減らす薬(カルボシステイン)が有効です。2023年のコクランレビューでは、この薬で急性増悪の頻度が22%減りました。また、高張食塩水の吸入も、痰の粘り気を減らすのに有効です。ただし、吸入ステロイドは肺炎のリスクを40%高めるため、基本的には避けるべきです。代わりに、LAMA(長時間作用性抗コリン薬)とLABA(長時間作用性β2刺激薬)の組み合わせが第一選択です。
  • 肺気腫:特に上葉に病変がある場合、肺容積減少術(内視鏡バルブ治療)が有効です。2021年のIMPACT試験では、この治療で6分間歩行距離が35%改善しました。また、α1-アンチトリプシン欠損症(1〜2%の肺気腫患者に見られる遺伝的要因)の場合は、週1回の補充療法が必須です。2023年にFDAが承認した吸入型α1-アンチトリプシンは、12か月でFEV1を20%改善する効果が確認されています。

患者のリアルな声:生活の違い

米国のCOPD財団の患者ネットワーク(1万5000人以上)の調査では、次のような違いが明らかになりました。

  • 肺気腫患者:78%が日常活動に制限を感じる。しかし、夜間の症状は41%にとどまり、睡眠は比較的保たれている。
  • 慢性気管支炎患者:67%が夜間に痰のせいで目覚める。朝の痰除去に毎日30分以上かけるのが普通だという声も。

RedditのCOPDコミュニティでは、ある患者が「8年間、毎朝100mLの痰を計量カップで測って吐き出している」と投稿しています。一方、肺気腫の患者は「言葉を5語しか言えないのが日常」と語ります。どちらも、酸素療法や吸入器の使用が生活の中心になります。しかし、肺気腫の患者は、酸素ボンベが移動を制限するのに対して、慢性気管支炎の患者は、1日に4〜6回も吸入器を使うのが負担だと言います。

慢性気管支炎と肺気腫の異なる治療道を示す surreal な医療の分岐点。

最新の動向:個別化治療の時代

2024年、欧州では、音波で痰を溶かす新しい装置が発売されました。慢性気管支炎患者の32%が急性増悪が減ったと報告しています。一方、米国では、肺気腫の新しい治療法として、気管支の熱蒸気治療が2年で78%の有効率を示しています。

2024年、NIHは、血液中の好酸球が300個/μL以上なら、慢性気管支炎の増悪に効く生物製剤が使える可能性があると発表しました。これは、単に「COPD」と診断するのではなく、患者の体の反応に応じて薬を選ぶ「個別化医療」の始まりです。

2023年のGOLDガイドラインは、明確に「病型に応じた治療」を推奨しています。しかし、一般医の42%は、肺気腫と慢性気管支炎を区別していません。専門医(78%)は区別できても、患者が受ける初診の多くは一般医です。これが、多くの患者が適切な治療を受けられない大きな理由です。

なぜ区別することが命に関わるのか

肺気腫の患者に痰を減らす薬を出しても、肺の袋が壊れている根本問題は解決しません。逆に、慢性気管支炎の患者にステロイドを長く使えば、肺炎のリスクが高まり、命に関わる可能性があります。

アメリカの医師、フェルナンド・マルティネス氏はこう言っています。「病型を見極めずに治療するのは、車のエンジンとブレーキを同時に壊しているようなものだ」

この病気は、たばこをやめさえすれば治るわけではありません。しかし、自分がどちらのタイプかを知り、それに合った治療を受ければ、入院を減らし、日常生活をずっと長く維持できます。

次に何をすべきか?

もしあなたやあなたの家族がCOPDと診断されたなら、次の3つのステップをすぐに始めてください。

  1. 肺機能検査でDLCO(一酸化炭素拡散能)を測ってもらう。この値が70%以下なら、肺気腫の成分が強い可能性がある。
  2. CT検査を受けて、肺のどの部分に病変があるかを確認する。上葉に広がる低吸収領域があれば肺気腫、気管支の厚さが目立つなら慢性気管支炎。
  3. 医師に「私はどちらのタイプに近いですか?」と質問する。治療薬の選択は、この答えに基づいて変わります。

COPDは、今後10年で30%増加すると予測されています。しかし、病型を理解して適切に治療すれば、あなたは「ただ生きる」のではなく、「ちゃんと生きる」ことができます。

慢性気管支炎と肺気腫は、同じ病気ですか?

いいえ、両者はCOPDという大きな病気のなかで、異なるメカニズムで起こる2つの病態です。慢性気管支炎は気道の炎症と粘液過剰分泌が主で、肺気腫は肺胞の壁が破壊されて酸素交換が困難になる病気です。両者はしばしば同時に存在しますが、治療法は大きく異なります。

肺気腫の人は、なぜ息がしにくいのですか?

肺気腫では、肺の小さな空気袋(肺胞)の壁が破壊され、弾性が失われます。そのため、息を吐ききることができず、古い空気が肺に残ったままになります。これにより、新しい空気を取り込むスペースが減り、酸素が十分に体に届かなくなります。結果として、常に「空気が足りない」と感じるようになります。

慢性気管支炎の痰は、どうやって減らせますか?

カルボシステインなどの粘液調整薬が有効です。また、高張食塩水の吸入や、胸の叩打、呼吸リハビリテーションも痰の排出を助けます。水分を十分に摂ることも、痰を柔らかくするのに重要です。ステロイド吸入薬は、肺炎のリスクを高めるため、基本的には避けるべきです。

COPDの治療で、ステロイドは使われますか?

慢性気管支炎の患者には、ステロイド吸入薬は肺炎のリスクを40%以上高めるため、第一選択ではありません。肺気腫の患者でも、急性増悪の際に一時的に使うことはありますが、長期使用は推奨されません。現在のガイドラインでは、LAMAとLABAの組み合わせが第一選択です。

肺気腫の患者は、手術で治せますか?

重度の肺気腫で、上葉に病変が集中している場合、内視鏡による肺容積減少術(バルブ治療)が有効です。2022年の研究では、1年後の成功率は65%と報告されています。これは、壊れた肺の部分を閉じて、残った健康な肺をより効率的に動かす治療です。完全に治すわけではありませんが、呼吸機能と生活の質を大幅に改善できます。

COPDの診断は、いつ受けるべきですか?

40歳以上で、たばこを吸った経験があり、長く続く咳や息切れがある人は、早めに受診してください。特に、階段を上るだけで息切れする、朝に痰がよく出る、冬になると症状が悪化するといった兆候があれば、COPDの可能性があります。肺機能検査は10分で終わる簡単な検査です。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。