欧州のジェネリック医薬品調達制度:透明性と効率性の仕組み

欧州のジェネリック医薬品調達制度:透明性と効率性の仕組み

欧州では、毎年約2兆1000億ユーロが公的機関の調達に使われています。そのうち、ジェネリック医薬品の調達は、医療費抑制の中心的な手段として、特に重要な位置を占めています。欧州連合(EU)は、単一市場の原則に基づき、すべての加盟国で公平で透明な調達プロセスを義務付けています。この仕組みは、単に安い薬を買うだけではありません。ジェネネリック医薬品の品質、供給安定性、サステナビリティを同時に確保するための複雑な制度です。

調達の基本:オープン方式が主流

欧州の公的調達で最も使われているのは「オープン方式」です。これは、誰でも入札できる方法で、事前審査が不要です。ジェネリック医薬品の調達では、この方式が約45%を占めています。なぜか? なぜなら、ジェネリック薬は規格が明確で、比較が容易だからです。製品の有効成分、投与量、製造GMP基準は、EU薬局方(EP)で厳格に定められています。つまり、A社のアモキシシリンとB社のアモキシシリンは、科学的に同じもの。価格と納品能力が勝負になります。

この方式のメリットは、新規参入企業にもチャンスがあることです。小さな製薬会社でも、大手企業と同条件で競争できます。ただし、デメリットもあります。入札書類の量が膨大で、行政側の処理負担が大きくなるのです。1件の入札に、行政は数百ページの書類をチェックしなければなりません。そのため、高額な調達(例えば500万ユーロ以上)では、より効率的な「制限方式」が選ばれることが多いです。

制限方式とフレームワーク契約:安定供給のカギ

制限方式では、まず企業が参加資格を申請します。その後、行政が技術力、財務状況、過去の実績を審査し、合格した企業だけが本入札に参加できます。この方式は、ジェネリック医薬品の長期安定供給に最適です。特に、病院や医療機関が頻繁に発注する薬品には、フレームワーク契約がよく使われます。

フレームワーク契約とは、1回の入札で複数の企業を「登録業者」として選び、その後の発注はその中から選ぶ仕組みです。例えば、ドイツの鉄道会社DBは、10社のジェネリックメーカーとフレームワーク契約を結んでいます。その後、必要な薬品が発注されるたびに、登録業者同士で「ミニ入札」が行われ、最も安い業者が選ばれます。これにより、行政は毎回入札手続きを繰り返す必要がなく、調達スピードが格段に上がります。

ただし、リスクもあります。登録業者が固定化され、競争が弱まる可能性があります。そのため、EUは「複数業者フレームワーク」を推奨しています。1社だけに独占させないことで、価格とサービスの質を維持するのです。

デジタル文書の階段を登る小さな製薬会社と浮かぶESPDバッジ

MEAT評価:安いだけじゃない、価値を測る基準

「最も安い入札者が勝つ」と思っている人もいるかもしれませんが、EUのジェネリック調達では、そうではありません。重要なのはMEAT(Most Economically Advantageous Tender)という評価方法です。これは、「価格+品質+その他の価値」を総合的に評価する仕組みです。

2022年のEU指令改正で、100万ユーロ以上の調達では、品質要素の重みを50%以上にすることを義務付けられました。品質とは何を意味するか? 例えば:

  • 製品の生物等価性(薬の吸収率が一定以上であること)
  • パッケージの安全性(子どもが誤って開けられない設計)
  • 製造工場のGMP認証の最新性
  • 在庫安定性(供給切れのリスクが低いこと)
  • 環境配慮(製造プロセスのCO2排出量)

ドイツの研究では、MEATを厳格に適用した調達では、価格だけの入札より15.7%も「イノベーションの質」が向上したと報告されています。つまり、安い薬を買うだけでなく、「ちゃんと使える薬」を買うために、制度が設計されているのです。

電子入札とESPD:行政の負担を減らす

2023年、EUはEuropean Single Procurement Document(ESPD)というオンラインプラットフォームを本格導入しました。これまでは、企業が入札するたびに、法人登記証、納税証明、GMP認証など、数十種類の書類を提出しなければなりませんでした。今では、ESPDに1回登録すれば、すべての調達で再利用できます。

この変化で、行政の処理時間は40%短縮されました。また、95%の調達が電子化されています。入札書類の提出、質問のやりとり、入札結果の通知--すべてオンラインで行われます。これにより、小規模な製薬会社でも、遠くの国(例えばポーランドの会社がフランスの病院に薬を納品する)に簡単に参入できるようになりました。

薬の成分がデータの川となり、AIが投票を整理する夢幻的な風景

課題:複雑さと地域差

しかし、完璧なシステムではありません。2023年の欧州商工会議所の調査では、中小企業の63%が「制度は公平だが、手続きが多すぎる」と答えています。特に、初めて入札する企業は、1件あたり平均117時間も書類作成に費やします。これは、正社員1人分の1週間分の労働時間に相当します。

また、地域差も深刻です。北欧諸国では、電子入札の利用率が92%に達していますが、南欧では43%にとどまっています。一部の国では、入札要件が曖昧で、企業が「何を求められているのか」わからないまま、書類を完成させることになります。その結果、23%の入札が、CPVコード(商品分類コード)の誤記で不受理になりました。

さらに、競争が激しい分野では、品質を重視するあまり、価格が高くなりすぎることもあります。フランスの中小企業は、あるフレームワーク契約に合格したものの、18ヶ月で2回しかミニ入札が発生せず、投資に見合わないと感じた事例もあります。

未来:サステナビリティとAIの導入

今後、欧州のジェネリック調達は、さらに進化します。2025年までに、85%の高額調達で環境配慮基準が必須になります。例えば、薬の包装にプラスチックを使わない、製造に再生可能エネルギーを使う、廃棄物をゼロにする--これらの条件が評価に加わるでしょう。

さらに、AIによる入札評価が実用化されています。フランスとフィンランドの試験では、AIが人間の評価委員と99.2%の一致でスコアをつけることができ、評価時間は30%短縮されました。これは、人間の判断ミスや偏見を減らし、より客観的な選定を可能にします。

しかし、技術の進歩だけでは不十分です。EUの会計検査院は、2023年の報告書で「加盟国間で『比例の原則』の解釈がバラバラだと、単一市場の目的が損なわれる」と警告しています。つまり、ある国では「年間売上1000万ユーロ以上」という条件が使われても、別の国では「500万ユーロ」で済む--この差が、中小企業の参入を阻害するのです。

結局、欧州のジェネリック調達制度は、単なる「安く買う」ための仕組みではありません。公正な競争を保ちながら、品質と安定供給を守り、未来の医療を支えるための、高度に設計されたインフラなのです。その背後には、2兆ユーロの公共資金を守ろうとする、欧州の強い意志があります。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。

コメント (1)

  1. 花田 一樹

    花田 一樹 - 3 1月 2026

    欧州の制度、意外と賢いな
    安いだけじゃなくて品質と供給を両立してるって、日本とは全然違う
    うちの病院は相変わらず『一番安い』だけ見て、薬が変な色になってるけど

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