チラミン豊富な食品とMAO阻害薬:高血圧危機を避けるための完全ガイド

チラミン豊富な食品とMAO阻害薬:高血圧危機を避けるための完全ガイド

チラミンは、ナチュラルチーズや発酵食品に含まれるアミン化合物で、普段は体の中で安全に分解されます。しかし、MAO阻害薬(モノアミン酸化酵素阻害薬)を服用している人は、この化合物と出会うと命に関わる危険にさらされます。MAO阻害薬は、他の抗うつ薬で効果がなかった重度のうつ病に有効な治療法ですが、その代償として、食事に厳しい制限が課されます。チラミンを含む食品を一口口にしても、血圧が30~50mmHg急上昇し、頭痛、動悸、吐き気、最悪の場合、脳出血や心臓発作を引き起こすことがあります。

なぜチラミンとMAO阻害薬は危険な組み合わせなのか

体の中では、MAO-Aという酵素がチラミンを分解して、血中に吸収されるのを防いでいます。しかし、MAO阻害薬を飲むと、この酵素の働きが完全に止まってしまいます。その結果、チラミンが体内に蓄積し、交感神経からノルエピネフリンを押し出して放出させます。このノルエピネフリンが血管をぎゅっと収縮させ、血圧が急激に上昇するのです。

研究によると、たった5~10mgのチラミンで、MAO阻害薬を服用している人には血圧の急上昇が起こります。これは、赤ワイン一杯(約100ml)や、小さなチーズのかけら(約10g)で簡単に超えられる量です。25mg以上になると、高血圧危機と診断されるリスクが高まります。これは、緊急医療が必要な状態です。

危険な食品はどれか?具体的なリスト

「発酵食品はダメ」というだけでは、実生活では対応できません。どの食品がどれだけのチラミンを含んでいるか、具体的な数値を知ることが重要です。

  • 熟成チーズ:ブルーチーズ(100gあたり9~41mg)、パルメザン(100gあたり20~40mg)、チェダー(100gあたり10~30mg)。新鮮なモッツァレラやカッテージチーズは安全
  • 発酵魚:漬け鰯(100gあたり110~230mg)、乾燥イワシ、アンチョビ。これは、わずか10gで危険量を超える可能性があります。
  • 発酵大豆製品:醤油(100mlあたり20~70mg)、味噌(100gあたり15~50mg)、テンペ。市販の「低塩」や「無添加」でも、発酵が進んでいれば危険です。
  • アルコール:赤ワイン(特にチアントイ、100mlあたり4~15mg)、ビール(発酵タイプ)、発酵したサイダー。蒸留酒(ウォッカ、ジン)は安全です。
  • 保存された肉:ドライソーセージ、ハム、ベーコン、冷蔵庫で長く保存した肉。冷蔵でも、3日以上経つとチラミンが増加します。
  • 腐った食品:賞味期限切れの牛乳、変色した野菜、カビたパン。チラミンは「熟成」ではなく「腐敗」でも生成されます。

注意すべきは、「新鮮」という言葉です。生の野菜、果物、新鮮な魚、冷蔵した鶏肉、牛乳、卵、パンは、チラミン含量が100gあたり5mg以下で、ほぼ安全です。

MAO阻害薬の種類によって制限は違う

すべてのMAO阻害薬が同じリスクを抱えているわけではありません。薬の種類によって、食事制限の厳しさが大きく変わります。

MAO阻害薬の種類とチラミン制限の違い
薬の種類 チラミン制限の厳しさ 安全なチラミン上限
非選択的・不可逆型 フェネルジン(Nardil)、トランシルシルミン(Parnate) 非常に厳しい 15mg/日以下
可逆的MAO-A阻害薬(RIMA) モクロベミド(欧州・カナダで使用) 比較的緩い 100mgまで安全(研究データ)
経皮パッチ(セレギリン) Emsam(6mg/日) ほぼ不要 制限なし(FDA承認)
経皮パッチ(セレギリン) Emsam(9mg/日以上) 中程度 100mg/食事まで

特に注目すべきは、Emsamパッチです。6mg/日という最低用量では、腸管でのMAO-Bのみを阻害するため、チラミンの分解が正常に行われます。この用量なら、チーズやワインを普通に食べても問題ありません。2020年の研究では、従来のMAO薬を飲んでいた人の87%が食事制限を「最大の負担」と感じていましたが、Emsamの6mgユーザーでは22%しかそう感じていませんでした。

無限に広がる食卓で、熟成チーズが爆弾に、Emsamパッチが安全の盾となり、新鮮な食品だけが平和に並ぶ。

実際に起こったこと:患者の声

オンラインの患者コミュニティでは、MAO阻害薬の食事制限が、治療を断念する最大の理由になっています。

ある40代の女性は、友人の結婚式でブルーチーズのサラダを一口食べ、頭がガンガンするほどの頭痛と動悸に襲われ、救急車で運ばれました。彼女は「医師は『少量なら大丈夫』と言ったのに、10gのチーズで命の危険を感じた」と語りました。

一方で、別の患者は「2年間、MAO阻害薬を飲み続けた結果、他の薬では効かなかった重度のうつが完全に消えた。チーズやワインを我慢するのは大変だけど、生きている実感が戻ってきた」と話しています。

2023年の調査では、MAO阻害薬を飲んでいる人の74%が、どこかで誤ってチラミン豊富な食品を口にしてしまった経験があります。そのうち、18%は頭痛や顔のほてりなどの軽い症状を経験しましたが、緊急治療を必要としたのはわずか2%でした。

安全に生きるための具体的な対策

「何を食べてはいけないか」を覚えるだけでなく、日常で使えるルールを身につけることが大切です。

  1. チーズは1日1オンス(約28g)まで。ブルーチーズは1口(5g)で危険なので、食べないのが無難。
  2. 冷蔵庫に2日以上入れた肉や魚は避ける。冷蔵してもチラミンは増える。
  3. パッケージの成分表示をチェック。2022年から米国では、チーズパッケージにチラミン含有量を記載する義務が発生しました。
  4. 醤油は小さじ1杯(5ml)まで。大さじ1杯で危険量を超えることがあります。
  5. 自宅で血圧計を常備。血圧が180mmHg以上、または頭の後ろが痛い場合は、すぐに医師に連絡。
  6. 「新鮮」を信じすぎない。スーパーの「新鮮」表示は、チラミンの有無とは関係ありません。

アメリカのマサチューセッツ総合病院では、患者に「食べてもいいものリスト」と「絶対避けるものリスト」を配り、1日あたりのチラミン量をグラフで可視化する教育プログラムを導入しました。その結果、食事違反率は32%から8%に減りました。

TYR-001という薬が発酵食品の怪物を倒し、患者は安全に眠る。血圧計は安定した緑のラインを示している。

今後の展望:新しい治療の可能性

2024年3月、FDAは、チラミンを分解する酵素サプリメント「TYR-001」を「ブレークスルー治療薬」に指定しました。臨床試験では、このサプリメントを併用すれば、チラミン50mg(熟成チーズ100g分)を食べても血圧は上昇しなかったという結果が出ています。

これは、MAO阻害薬の最大の障壁である食事制限を、将来的に取り除く可能性を秘めています。もし実用化されれば、治療抵抗性のうつ病患者の選択肢は大きく広がります。

現在、MAO阻害薬は全抗うつ薬の2~3%しか使われていません。しかし、その有効性は他の薬では代替できないほど高いのです。食事制限の負担が減れば、もっと多くの人がこの治療を受けるようになるでしょう。

緊急時の対応:血圧が急上昇したらどうする?

頭の後ろがズキンズキン痛い、動悸が止まらない、手足が冷たくなる、視界が暗くなる--これらは高血圧危機のサインです。

このとき、自分で対処するのではなく、すぐに救急車を呼んでください。医療現場では、ニカルディピンという薬が最初に使われます。これは、血圧をゆっくりと10~15%下げる薬で、脳への血流を守りながら安全にコントロールできます。

2024年1月、米国医療毒性学会は、かつて使われていた「急激に血圧を下げる」方法をやめ、この新しいガイドラインを発表しました。つまり、患者自身が慌てて降圧剤を飲むのは危険です。医師の指示を待つことが、命を守ります。

MAO阻害薬を飲んでいると、醤油はまったく飲めないのですか?

醤油は100mlあたり20~70mgのチラミンを含みます。1杯(約15ml)で10mg以上になる可能性があり、危険です。ただし、小さじ1杯(5ml)までなら、多くの患者は耐えられます。ただし、個人差が大きいため、最初は1mlずつ試して、血圧を測るのが安全です。パッチタイプのEmsam(6mg)なら、通常の醤油の量でも問題ありません。

チーズは全部ダメですか?新鮮なチーズは大丈夫?

新鮮なチーズは大丈夫です。モッツァレラ、カッテージチーズ、リコッタ、フレッシュクリームチーズは、チラミン含量が100gあたり1~3mgと非常に低く、安全です。問題なのは「熟成」したチーズです。3週間以上熟成したチェダーや、カビが生えたブルーチーズは危険です。パッケージに「熟成」「エイジング」と書かれていれば避けてください。

Emsamパッチは、すべてのMAO阻害薬の中で一番安全ですか?

6mg/日のEmsamパッチは、現在利用可能なMAO阻害薬の中で、食事制限が最も少ないものです。腸管でのMAO-A阻害がほとんどないため、チラミンを分解する酵素が働き続けます。9mg以上になると制限が再開されるので、医師と相談して最低用量から始めることをおすすめします。他の薬(フェネルジンなど)と比べて、生活の質は格段に上がります。

マグロの刺身や新鮮な魚は大丈夫ですか?

はい、新鮮な魚は安全です。チラミンは「腐敗」や「発酵」で生成されるので、冷蔵したてのマグロ、サーモン、タコ、イカは問題ありません。ただし、冷蔵庫で2日以上保存した魚、または冷凍して解凍した魚は、チラミンが増える可能性があります。できるだけ購入当日に食べるのがベストです。

薬をやめたら、食事制限はすぐに解除できますか?

いいえ。MAO阻害薬は「不可逆」なタイプが多いため、薬をやめた後も、酵素が完全に再生成されるまでに2~4週間かかります。この期間中は、チラミンを含む食品を避けてください。医師に「酵素が回復した」と確認されるまで、制限を続けましょう。急いで食事を戻すと、遅れて高血圧危機が起こることもあります。

次に何をすればいい?

MAO阻害薬を処方されたら、まず最初にすべきことは、自分の薬がどのタイプかを確認することです。フェネルジン?トランシルシルミン?Emsam?それぞれの制限は異なります。

次に、血圧計を購入して、毎朝と夕方に測定し、記録を残しましょう。血圧が180以上になったら、すぐに医師に連絡するように設定してください。

最後に、信頼できる医療チームと連携してください。薬剤師に「MAO阻害薬を飲んでいます」と伝えて、食品のチェックを頼みましょう。多くの薬局では、チラミン含有量を調べるデータベースを保有しています。

この治療は、制限が厳しく、孤独に感じることもあります。でも、それは「命を守るためのルール」です。正しい知識があれば、あなたは自由に食事を楽しむことも、心の健康を回復することも、両方叶えられます。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。