プロトンポンプ阻害薬と骨粗鬆症:骨折リスクの実際

プロトンポンプ阻害薬と骨粗鬆症:骨折リスクの実際

PPI骨折リスク評価ツール

プロトンポンプ阻害薬(PPI)は、胃酸の過剰分泌を抑えるために広く使われる薬です。胃もたれ、逆流性食道炎、胃潰瘍の治療に効果的で、日本でも年間数百万人が服用しています。しかし、長期間使うと骨折リスクが高まる可能性があるという警告が、世界中の医療機関から出ています。特に高齢者や骨が弱い人にとっては、このリスクを無視できません。

なぜPPIで骨折が増えるの?

PPIは胃の中の酸を大幅に減らします。この働きは胃の不快感を和らげる一方で、体のカルシウム吸収にも影響を与えます。カルシウムは骨を強くするための基本的な成分ですが、カルシウムの一種である「炭酸カルシウム」は、胃酸が十分にある環境でしか効率よく吸収されません。PPIを長く使っていると、胃酸が足りなくなって、カルシウムが体に取り込まれにくくなるのです。

研究では、PPIを1年以上使っている人で、骨粗鬆症による骨折(特に大腿骨や脊椎、手首)のリスクが17〜30%高くなることが示されています。7年以上使い続けた人では、大腿骨骨折のリスクが4.5倍以上にもなるというデータもあります。これは、年齢や性別、体重、他の薬の使用など、他の要因を考慮しても変わらない統計的な関係です。

誰が特に注意すべき?

PPIの骨折リスクは、すべての人に同じように影響するわけではありません。リスクが高いのは、以下の条件に当てはまる人です:

  • 65歳以上
  • 女性(特に閉経後)
  • 体重が57kg以下
  • 過去に骨折を経験している
  • ステロイド薬を同時に使っている
  • カルシウムやビタミンDが不足している

特に閉経後の女性は、エストロゲンの減少で骨密度が自然に下がるため、PPIの影響がより強く出ます。2019年の研究では、閉経後女性のPPI使用者で、大腿骨骨折のリスクが35%上昇したと報告されています。

PPIとH2ブロッカー、どっちが安全?

PPIと同じように胃酸を抑える薬に、H2ブロッカー(ファモチジンなど)があります。どちらも効果はありますが、PPIの方が胃酸を強く抑える分、骨への影響も大きい可能性があります。

ある大規模研究では、PPI使用者とH2ブロッカー使用者を比較したところ、PPI群で大腿骨骨折のリスクが27%高くなりました。また、高用量のPPIを使っている人では、リスクが67%も上昇していました。一方で、H2ブロッカーでは、同様の骨折リスクの上昇は見られませんでした。

ただし、子どもや若年層では、PPIと骨折の関連が明確でないという研究もあります。これは、若いうちは骨の新陳代謝が活発で、カルシウムの吸収障害が影響しにくいからかもしれません。

高齢女性がPPIの瓶に変化し、骨の秤の上に立つ surreal なイメージ。

本当に薬をやめるべき?

ここで重要なのは、「PPIをやめろ」ということではありません。PPIは、重い胃潰瘍や逆流性食道炎を治すのに、非常に効果的な薬です。薬を勝手にやめると、症状が悪化したり、命に関わる合併症を引き起こす可能性があります。

問題は「必要以上に長く使っている」ことです。多くの患者が、医師の指示なしに数年もPPIを飲み続けています。FDAや日本でも、PPIの標準的な使用期間は4〜8週間とされています。それ以上使う場合は、明確な医学的理由が必要です。

医師と相談して、以下のような対策を取ることが推奨されています:

  • 最低限の用量で使う
  • 症状が落ち着いたら、段階的に減らす
  • 必要なら「間欠的投与」(毎日ではなく、週に数日だけ)を検討
  • カルシウムサプリメントは「クエン酸カルシウム」を選ぶ(胃酸がなくても吸収できる)
  • ビタミンDを毎日1000〜2000IU摂取

骨密度検査は必要?

長期間PPIを使っている人で、上記のリスク因子が複数ある場合は、骨密度検査(DEXAスキャン)を受けることを検討してください。これは、骨粗鬆症の早期発見に役立ちます。日本でも、2022年の内分泌学会のガイドラインでは、8週間以上PPIを使う患者で、リスク因子がある場合に骨密度検査を推奨しています。

検査の結果、骨密度が低いと判明した場合は、薬物療法(ビスフォスフォネートなど)や運動、食事の見直しで対応できます。PPIをやめる必要はなく、骨を守る対策をプラスすれば、両方の健康を保てるのです。

骨でできた橋を医師と患者が渡り、クエン酸カルシウムとビタミンDが光る風景。

今後の見通し

現在、米国国立衛生研究所(NIH)が1万5000人を対象にした大規模研究(PPI-BONE研究)を進行中で、2025年半ばに結果が公表される予定です。この研究は、これまでの観察研究の弱点(他の病気や薬の影響)を排除して、PPIと骨折の因果関係をより明確にしようとしています。

一方で、医療現場では、PPIの処方を減らす動きが広がっています。2022年の調査では、メディケア加入者の間で、90日以上の長期PPI処方が19.3%減りました。それでも、約46%の処方が適切でないと指摘されています。これは、患者自身が「胃酸が強いから」と自己判断で市販薬を飲み続けていることも原因です。

まとめ:安全にPPIを使うための5つのルール

  1. 医師の指示なしに、PPIを長く飲み続けない
  2. 症状が良くなったら、用量を減らすか、服用をやめる相談をする
  3. 65歳以上、女性、低体重、過去に骨折歴があるなら、骨密度検査を受ける
  4. カルシウムサプリは「クエン酸カルシウム」を選ぶ。炭酸カルシウムは避ける
  5. ビタミンDを毎日摂る。日光浴も1日15分程度が目安

PPIは、私たちの胃を守る頼もしい薬です。でも、薬は「使う」ものではなく、「使うべきときに使う」ものです。骨を守るためには、胃の不快感を抑えるだけでなく、体全体の健康を見渡す目が必要です。

長谷川寛

著者について

長谷川寛

私は製薬業界で働いており、日々の研究や新薬の開発に携わっています。薬や疾患、サプリメントについて調べるのが好きで、その知識を記事として発信しています。健康を支える視点で、みなさんに役立つ情報を届けることを心がけています。